岡山市出身で、わが国の児童文学に新しい分野を拓いた、岡山市名誉市民の故坪田譲治氏のすぐれた業績を称えると共に、市民の創作活動を奨励し、市民文化の向上に 資することを目的として、昭和59年12月に坪田譲治文学賞を制定しました。
第1回(昭和60年度) | 「心映えの記」 | 太田 治子 | 中央公論社 |
第2回(昭和61年度) | 「ふたつの家のちえ子」 | 今村 葦子 | 評論社 |
第3回(昭和62年度) | 「ぼくのお姉さん」 | 丘 修三 | 偕成社 |
第4回(昭和63年度) | 「四万十川-あつよしの夏」 | 笹山 久三 | 河出書房新社 |
第5回(平成元年度) | 「身がわり-母・有吉佐和子との日日」 | 有吉 玉青 | 新潮社 |
第6回(平成2年度) | 「おどる牛」 | 川重 茂子 | 文研出版 |
第7回(平成3年度) | こうばしい日々」 | 江國 香織 | あかね書房 |
第8回(平成4年度) | 「卵洗い」 | 立松 和平 | 講談社 |
第9回(平成5年度) | 「半分のふるさと -私が日本にいたときのこと-」 |
李 相琴 (イ サンクム) |
福音館書店 |
第10回(平成6年度) | 「オサムの朝」 | 森 詠 | 集英社 |
第11回(平成7年度) | 「泣けない魚たち」 | 阿部 夏丸 | ブロンズ新社 |
第12回(平成8年度) | 「ぼくたちの〈日露〉戦爭」 | 渡辺 毅 | 邑書林 |
第13回(平成9年度) | 「ぼくはきみのおにいさん」 | 角田 光代 | 河出書房新社 |
第14回(平成10年度) | 「ナイフ」 | 重松 清 | 新潮社 |
第15回(平成11年度) | 「ウメ子」 | 阿川 佐和子 | 小学館 |
第16回(平成12年度) | 「ニライカナイの空で」 | 上野 哲也 | 講談社 |
第17回(平成13年度) | 「翼はいつまでも」 | 川上 健一 | 集英社 |
第18回(平成14年度) | 「麦ふみクーツェ」 | いしい しんじ | 理論社 |
第19回(平成15年度) | 「人形の旅立ち」 | 長谷川 摂子 | 福音館書店 |
第20回(平成16年度) | 「ペーターという名のオオカミ」 | 那須田 淳 | 小峰書店 |
第21回(平成17年度) | 「ぎぶそん」 | 伊藤 たかみ | ポプラ社 |
第22回(平成18年度) | 「空をつかむまで」 | 関口 尚 | 集英社 |
第23回(平成19年度) | 「しずかな日々」 | 椰月 美智子 | 講談社 |
第24回(平成20年度) | 「戸村飯店青春100連発」 | 瀬尾 まいこ | 理論社 |
第25回(平成21年度) | 「トーキョー・クロスロード」 | 濱野 京子 | ポプラ社 |
第26回(平成22年度) | 「おれのおばさん」 | 佐川 光晴 | 集英社 |
第27回(平成23年度) | 「鉄のしぶきがはねる」 | まはら 三桃 | 講談社 |
第28回(平成24年度) | 「きみはいい子」 | 中脇 初枝 | ポプラ社 |
第29回(平成25年度) | 「世界地図の下書き」 | 朝井 リョウ | 集英社 |
第30回(平成26年度) | 「クリオネのしっぽ」 | 長崎 夏海 | 講談社 |
第31回(平成27年度) | 「いとの森の家」 | 東 直子 | ポプラ社 |
第32回(平成28年度) | 「Masato」 | 岩城 けい | 集英社 |
第33回(平成29年度) | 「キジムナーkids」 | 上原 正三 | 現代書館 |
第34回(平成30年度) | 「ペンギンは空を見上げる」 | 八重野 統摩 | 東京創元社 |
第35回(令和元年度) | 「あららのはたけ」 | 村中 李衣 | 偕成社 |
第36回(令和2年度) | 「もうひとつの曲がり角」 | 岩瀬 成子 | 講談社 |
八重野 統摩
- 1988年生まれ、北海道札幌市出身。
- 立命館大学経営学部卒業。
- 電撃小説大賞への応募作が編集者の目に留まり、2012年に書き下ろし長編
- 『還りの会で言ってやる』でデビューする。
- ミステリ仕立ての青春小説を得意とする新鋭。ほかの著書に『プリズム少女』
- 『犯罪者書館アレクサンドリア』『終わりの志穂さんは優しすぎるから』がある。
- 18年刊行の『ペンギンは空を見上げる』が初の四六判単行本での著書刊行となり、
- 同書は《本の雑誌》が選ぶ2018年上半期エンターテインメント・ベスト10
- (2018年8月号掲載)において第4位に選出された。
「ペンギンは空を見上げる」
(東京創元社)
この度は、このような大変栄えある賞に拙作『ペンギンは空を見上げる』をお選びいただき、誠にありがとうございます。
正直なところ、受賞のご一報をいただいた時は本当に驚きました。最終候補に残ったというご連絡を頂いたときから、さすがに受賞することはなかろうと担当編集の桂島氏と口を揃えておりました。ただ最終候補に残ったことで、著名な方々に自作を読んでいただけるのだとひとしきり喜んだところで完結し、それ以後「果たして受賞できるだろうか」などと考えたことはほとんどなかったと言ってよいと思います。
ただそうした考えでいたのは、自分が世に送り出した作品にまるで自信がなかったというわけではありません。ミステリ叢書から出版された作品であるということから、賞の傾向からはやや外れているだろうと考えていたためです。しかしそう考えていたからこそ、拙作がミステリ小説であるにも関わらず「大人も子どもも共有できる優れた作品」に与えられるこの賞に選ばれたこと、ミステリを好んで書く作家として、また何よりミステリを愛する一人の人間として本当に喜ばしく感じています。もちろん、私のような若輩者がミステリというジャンルを背負って何かを主張するつもりはありません。しかしもし今後どこかの誰かが大人も子ども一緒に楽しめるミステリ小説をお探しになるようなことがあれば、拙作は少なからずその候補に入るのではないでしょうか。それは何やら、想像するだけで私にとってはとても嬉しいことです。
内容について少し言及しますと、本作は小学六年生の佐倉ハルが困難とともに風船での宇宙撮影を目指して努力する物語です。ただ、そのような作品を書いておきながら、私自身は努力という言葉を簡単に使うことを、あまり好ましく思っておりせん。特に「努力すれば夢は叶う」なんて言葉はまやかしだと思っている節があるほどです。努力だけではどうにもならないことが世の中にあるというのは、大人なら皆知っていることでしょうし、小学校高学年くらいの子どもたちですら漠然と理解していると私は考えています。私はかつて教育実習生として、ひと月ほど小学五年生の児童達と共に学ばせていただいていたことがあります。彼らの全員がそうであったとはさすがに言いませんが、なかには本当に驚くほど大人びた子もいたことを今でもよく覚えています。
ただ、本作はそうしたやや屈折したテーマを扱いながらも、作品を読み終え主人公のハルの想いを知っていただければ、少し前向きに――タイトルになぞらえれば上向きになっていただけるような作品になっていると思います。なっていれば、幸いです。
最後に、拙作の出版に携わっていただいた全ての皆様、そして選考委員の方々に心より感謝申し上げます。特に担当編集の桂島氏には多大なるお力添えをしていただき、また数多くのご迷惑もおかけいたしました。私のようなまだまだ未熟な人間が、こうして大きな賞を受賞することができたのもひとえに桂島氏の支えがあったからこそです。本当にありがとうございます。そしてこれからもどうぞよろしくお願い致します。
繰り返しとなりますが、この度は大変栄えある賞に拙作をご選出いただき、誠にありがとうございました。坪田譲治先生のお名前の冠した賞をいただいた人間として恥じない努力を、今後も続けていきたいと思います。
「おれはNASAのエンジニアになりたいんだ」それが彼の将来の夢。小学六年生の佐倉ハルくんは、ひとりで風船宇宙撮影を目指しています。できる限りおとなの力を借りず、自分だけの力で。そんなことくらいできないようでは、NASAのエンジニアになんて到底なれないから。意地っ張りな性格もあってクラスでは孤立、家に帰っても両親とぎくしゃくし、それでもひたすらひとりで壮大な目標と向き合い続けるハルくんの前にある日、金髪の転校生の女の子、鳴沢イリスが現れました。教室でなくなったうさぎのぬいぐるみを一緒に捜したことから、妙にイリスになつかれたハルくんの日常は、次第に賑やかなものになってゆきますが……。生きてゆくにあたって“夢”というものは、光り輝く道標でしょうか、それとも自分たちを縛る鎖でしょうか? ハルくんの、夢と努力の物語。奮闘するこの少年を、きっと応援したくなるはずです――読み終えたあとは、もっと。
(解説:東京創元社 編集担当)
『ペンギンは空を見上げる』は児童文学として書かれたものではないけれど、大人も子どもも理解できる坪田賞にふさわしい作品として一票を投じた。努力だけではどうにもならないことをわかっていてもNASAのエンジニアになることを夢みて自力で風船ロケットをつくり、宇宙撮影に挑む少年の姿に共感を覚えたからだ。いささか筆づかいは荒くとも若々しいエネルギーを感じさせてくれる作品で暗くて重いテーマの作品が多い今日、久しぶりに子どもの未来を励ましてくれる小説として面白く読めた。
物語の後半まで主人公が構音障害のため、宇宙飛行士になれず、エンジニアをめざしてがんばっているのを伏せておくのはどういう意図があるのか。シャープペンとメモ帳による筆談とわかるまでの会話の不自然さが少し気になった。しかし、ハーフの少女との友情を越えるロマンはなかなかにロマンチックで、頑固で決して意志をまげない少年と協調性はなくとも、たった一人で風船ロケットを探しにゆく情熱を持つ少女との出会いと別れのドラマとしても興味深く読めた。谷底に倒れている彼女を見て、まるで獣の唸り声のように叫ぶ少年の姿は胸が痛む。
夢の実現をめざしてひたすら前進するというオーソドックスなテーマであっても、この主人公の生き方にはだれもが納得させられ、無気力な今日の若者たちを刺激せずにはおかれないだろう。神が与えた試練であっても自分の信念を阻むものではないと壮大なロマンを持ち続けることのすばらしさをしっかりとわからせてくれるからだ。古い商店街でささやかなクリーニング店を営む祖父や両親が息子の風船ロケットのために大金を出すというやさしさにも熱いものを感じた。受賞作を選ぶのに作者の年齢はまったくかかわりないけれど、若い作者が選ばれたことをうれしく思う。この受賞をきっかけとして更にすぐれた作品を書き続けてほしい。
(資料提供:岡山市文化振興課)